創造性について語るときに僕の語ること

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Nei-Kid

Children First/Global/Be Unique、をポリシーに子どもの学びと子どもからの学びを広げていきます。

Nei-Kidコミュニティ(Facebook上のグループ)で、創造性って何だと思う?という話が出ました。

メンバーの杉山亮介さんが上げてくれた『ピクサー流 創造する力』の中で、ピクサーの創業者、エド・キャットムルはこんな風にいっています。

私は、「創造性」という言葉を定義しようとしていないことに気づいた人もいるかもしれない。定義する意味がないと思ったから、していないだけだ。私は、誰でも問題を解決し、創造的に自分を表現する力を秘めていると信じている。それを阻んでいるのは、目に見えない壁、つまり気づかないうちに自分を不自由にしている自分自身の思い違いや想定だ。

人は元来創造的で、固定観念がそれを妨げているだけ。エドと同じように、自分も感じています。

Nei-Kidが目指しているのも、子どもたちの創造性が社会の固定観念に阻まれて失われてしまうのを防ぐ、ということです。(実際には、創造性は失われず封印されるだけです。でも、3年封じ込められていた創造性を元に戻すには3年かかる。呪縛が長いほど、解くには時間がかかるのです。それならば、呪いなんて最初からない方がいい。)

エドも、以下のような経験を語っています。

(小学校の)1、2年生の絵の方が5年生の絵よりも新鮮で優れていると感じた。5年生の子どもたちは、ある時自分の絵が現実離れしていることに気付き、人目を気にし、ためらうようになった。その結果どうなったか。おそらく、他の人にその「欠陥」を気づかれると思ったのだろう、彼らの絵は形式ばり、真面目くさり、独創的ではなくなった。
人に判断されることへの不安が、創造性を妨げていた

2月に、小学校1年生から中学校3年生までの各学年の生徒が各々プログラミングしたプロダクトを発表するイベントを福岡まで見に行きました。そこでの感想は、エドとまったく同じ。「学年が上がるにつれて、作品におもしろみがなくなる」この年齢で既にそうなっていることに、背筋が寒くなる思いでした。

なぜそうなってしまうのか?
エドがいう”既知と未知の間の、独創性が生まれるスイートスポット“にとどまれず、まわりから批判されない短期的には安全な、中長期的には進化をとめる行動様式に陥ってしまうのはなぜか?
思い当たることが皆さんの中にもあるのではないかと思います。

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私が挑戦した研究がものになったのは、守られ、異種混合で、非常に挑戦しがいのある環境に身をおいていたからだ

自分の成功体験を振り返ってエドはこう語っています。

1.守られ(心理的安全性が担保された場で)
2.異種混合で(多様な人財に囲まれて)
3.非常に挑戦しがいのある環境(簡単にはできないことに取り組む)
が、創造性を発揮するカギになる。

 

1.守られ(心理的安全性が担保された場で)

まちがいは、新しいことを試みたすえの当然の結果だ。それなくして独創性はない。

クリエイティブな仕事の場合、欠陥ゼロという考え方は、役に立たないどころか逆効果である

実験的な作業を、時間の無駄づかいだともどかしく思うのではなく、必要で生産的なものだと思えば、たとえ混乱状態に陥っていてもその作業を楽しむことができる

失敗してもいい、ではなく、失敗していなければダメ、というマインドセットがクリエイティブな仕事には不可欠です。
誰だって失敗は怖い。
失敗(実験)は必要で生産的なものだ、とみなが理解してナイストライ!と讃えあうような文化をどうつくるか、がとても重要で、

恐れに対する防御は、信頼だ

という一言に尽きるのではないかと思います。

 

2.異種混合で(多様な人財に囲まれて)
エドは社内に設立したピクサー・ユニバーシティについて、

レッスン内容が直接社員の職務遂行能力を向上してきたわけではない。そうではなく、見習い照明技師の隣に熟練アニメーターが席を並べ、そのまた隣に法務か会計かセキュリティの人が席を並べる、そのことに大きな価値があることがわかったのだ

と書いており、多様な職種が混じり合うことの重要性を語っています。
Nei-Kidで、多様な大人と多感な子どもが交流する、とうたっているのも、思いは同じです。

アイデアをきちんと形にするには、第一にいいチームを用意する必要がある。本当に重要なのは優秀な人材同士の相互作用だ。
いいアイデアよりも、適切な人材と適切な化学反応を得ることのほうが重要なのだ。

人は1人では何もできません。
自分のユニークさと、相手のユニークさをちゃんと認めてチームで協力するには、相手をリスペクトすることが不可欠です。
特に日本は同質性が重視されがちなので、多様な人財が集まる場を創る、というのがスタート地点として大事だと思っています。

 

3.非常に挑戦しがいのある環境(簡単にはできないことに取り組む)

既知と未知の間の、独創性が生まれるスイートスポットにうろたえることなくとどまれるかどうか。

新しい領域へのチャレンジを、エドはこう語ります。そして必要なのは、自分を支えるマインドセットだ、と。

独創性はもろい。そしてでき始めのころは、見る影もない

出席者が取り組んでいるのは、細部を徹底的に検証することと、建設的な批評を謙虚に受け入れることであり、それができるかどうかで作品を「いいね」から「すばらしい」にできるかどうかが決まる

この2つのフレーズ、一見矛盾するように感じられませんか?
もろくて見る影もない独創物なのに、細部を徹底的に検証するプロセスがある。
私はシステム開発において「段階的詳細化」という考え方を基本として教えられています。
率直に各々のメンバーが個性を出して指摘しあうことで、最初は見る影もないものが、だんだん形になっていく「段階的詳細化」のプロセスは、独創物にも適用されるのだな、と感じました。

心理的安全性の中で、多様な人財が、率直にコミュニケーションすることで、世の中にないものを形にしていける。
大人も子どもも同じ。
Nei-Kidは、Childre Firstを掲げていますので、子どもたちにGlobalな多様さを経験し、Uniqueな自分を保ち続けることができる社会を目指したいと思います。

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ピクサーやディズニー・アニメーションに限らず、創造力あふれる天才に数多く出会ってきたが、思い返しても、最初から自分の追求するビジョンを明確に持っていた人は1人もいなかった。経験からいえば、創造的な人々は長年の献身的な努力を通じてビジョンを見出し、実現している。その意味でいうと、創造性は短距離走よりマラソンに近い

夢中になれるものをみつけること。
自分にとっての自然な振る舞いが、まわりからみるととてつもない努力のようにみえるものがあることを、ちゃんと理解すること。
どんなマラソンなら、自分が走り抜けるのかがわからなければ、なかなか完走できませんよね。
Know your uniqueness,know other’s uniqueness.

子どもたちが人生を走り抜ける手伝いを、少しでもできれば、うれしいな、と思います。

 

最後に、大人の方々に。創造的に自分を表現する力について、

その答えが、先入観を脇に追いやることならば、それは誰でも身につけることができるのだろうか。たいていの場合、できる。

とエドはいっています。
固定観念をUnlearnして、創造性を取り戻すことは、たいていの場合、できる。
子どもたちから学んで、一緒に未来を創ることを楽しんでいきましょう!

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